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 [二見先生]
 ホームページ作成ご苦労様。大変面白い企画です。相互のこれからのcommunicationにおおいに役立つと思います。皆さんの人生第2ステージの出発に際して今までの貴重な経験をもとに意見交換の場として活用できるでしょう。

〔 昭和音楽大学ホームページ「学長メッセージ」に掲載されていた写真は更新されましたが、ここでは更新前の写真を掲載。2016.4.1 〕
 [二見先生] 『神奈川の高校教育の変容』を読んでくださる方にはお送りします。名前、〒 住所、電話を記入するか、直接メール等でご連絡ください。
表紙   二見先生が『神奈川の高校教育の変容』(神奈川新聞社刊)という御本を自費出版されました。この本は『かながわ学びの軌跡〜戦後教育50年史』として神奈川新聞の教育紙面で先生が共同執筆されていた経緯から、
   (1) 神奈川の戦後教育改革
   (2) 神奈川における高校紛争
   (3) 高校百校計画と特色ある高校づくり
というテーマごとに、資料や関係者へのインタビューを基にしてまとめられたものです。
  2007年(平成19年)12月23日付けの同紙「書評」と「目次」を参照して下さい。
  「書評」へリンクします。
  「目次」へリンクします。
◆◆◆〔 画像クリック拡大表示:Milkbox 〕◆◆◆
〔『神奈川の高校教育の変容』の御本にはさまれていた短冊 〕
左のスキャナー画像だと分かりませんが、短冊の角度を変えると「謹呈」の和紙の表面で空を舞う種子のような銀色の模様が、きらきら光ります。

〔 幹事宛ての手紙( 2008.2.11 付 )〕 ( ※ 書式など一部変更あり )
今年は節分の日、初雪、その後、ちらちら雪が舞う日があり冬らしい日々が続いています。相変わらず学年末と入試などで忙しい日々と思います。
 「3−9 ホームページ」立ち上げご苦労様でした。山田富夫君はじめメールを読ませていただいています。
 ところで私の本を発送した人の氏名をここに記します。これは今までにクラス会への出席者など私宛に毎年年賀状頂戴している方々です。
1 石井 克己2 今須 三千雄3 王身代 晴樹4 大久保 正美5 笠原 充6 金谷 順7 熊谷 清8 後藤 次幹9 清水 潔
10 清水 剛11 新垣 敬輝12 新倉 誠一13 馬場 健14 前田 羊一15 松井 英次16 松沢 正17 松下 典正18 村上 直一
19 山田 富夫20 山田 雄一( 〒212-0005 川崎市幸区戸手4-9-3-902 )

 ★ 保管している手紙やハガキを読み返していたら、『神奈川の高校教育の変容』の御本発送に関する先生からの手紙が見つかりました(2017.9.28 掲載)。
ご葬儀・思い出・絵葉書・寒中お見舞いの葉書 】   ※ 画像クリック拡大表示    [ 2017.6.2(金)掲載 ]
 29日、午前9時頃、奥様から電話で先生が亡くなられたという連絡を受けました。「お手伝いをお願いしたい」とのことで、午後1時に二宮へ伺うことにしました。清水潔氏に電話で、ヤマダトミオ氏にメールで連絡しました。メールボックスを開いたところ、奥様からメールが届いていました。二宮では、奥様からホスピス
での先生の写真(左)を頂戴し、息子さんのお嫁さんがスマホの画像(中央左)を見せてくれました。いただいたセレモニーホール二宮斎場発行の「訃報」(中央)はクラスメートへの連絡用に保管し、二宮斎場の担当者の方との打ち合わせに同席させてもらうことにしました。哲(さとる)さんに頼んでスマホの画像を添付ファイルにした「空メール」を送信してもらい、お庭を拝見しました。しばらくして清水潔氏から供花(中央右)が届き、哲さんが先生の枕元に置いてくれました。
 翌日、神奈川新聞に掲載された先生の記事を切り抜いてスキャナー画像(右)にしました。
お通夜・告別式 〕 お通夜の日、早めにお宅を訪ねたら先生のお姉さんが木彫の「仏像」を持ってきて下さり、近くで拝見しました。昔「タケノコの集い」で、先生がみんなに熱心に話して下さった木彫の仏像です。螺髪(らほつ)の精巧な彫りに驚きました。ご家族の方たちと一緒に「お清め」を手伝いました。旅立ちの支度をする「納棺の儀」にも立ち会わせてもらいました。男性だけで棺をささえながら庭を散歩するように車にお運びし、車に乗っていただきました。二宮斎場ではお通夜・告別式の両日とも昭和音大の職員の方たちの横で、後藤氏・諸岡氏と一緒に「学校関係」受付のお手伝いをさせてもらいました。翠嵐時代の同僚の先生方〔 松村先生(旧姓:増子先生)・国武(くにたけ)先生・山田先生(棒高飛び)・横沢先生(国語)・小島先生(Keep-Standing)・片山先生(生物)〕が駆けつけて下さいました。多くのクラスメートたちも弔問に来てくれました。懐かしい顔ぶれにも会うことができ、二宮斎場で「小さな」クラス会を開いているみたいでした。「クラス会になっていいんだから」と先生に言われているような気がしました。
 小田原の見晴らしのいい小高い丘の上にある火葬場で、お手伝いの3人も「納骨」しました。マイクロバスで斎場へ戻り、「慰労会」では片山先生ご自身の翠嵐での思い出話を伺いました。火葬場はご家族・ご親戚の方たちだけのほうがいいのでは、と前日の帰りの電車の中での3人の合意のもと、マイクロバス乗車を辞退したのですが最後までおつきあいさせていただき、奥様、お嬢さん(真理さん)、息子さんご夫婦の厚い配慮には感謝の言葉もありません。本当にありがとうございました。
お通夜の日(画像枚数8)告別式の日(画像枚数12) 〔 スライドショー 〕
《 スクリプト: Milkbox [ 新JavaScriptライブラリ例文辞典(スライドショー関連ライブラリ)]》
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思い出 】 ご葬儀のあいだ、これまでの「クラス会」や「タケノコの集い」などを思い出していました。竹林の様子や先生・奥様、「竹林の賢人たち」のクラスメート面々の様子が浮かんできました。自宅にもどり、保存してあった写真やホームページに掲載した写真を時系列にそって拾い集め、再編集してスライドショー作成作業にとりかかりました。縮小前の写真が保存されていたものは少し大きめサイズに縮小しましたが、縮小サイズしか保存しなかった(保存しわすれた)場合も多く今更ながら反省の念に駆られております。
[ ※ 左のサムネイル画像をクリックしてスライドショーで見て下さい。オート設定です。表示時間:5000ms。画像枚数:14 〕
[ ※ 左の写真は 1999年9月11日 横浜駅西口「太利夢」にて。二見先生・岡見先生を囲んで。]
先生から頂いた絵葉書(消印:9/4) 】 宛先が以前住んでいた羽沢町になっていることや、「洋上研修」は教育委員会の企画なので、時期は教育委員会の指導部長を退官される1991年3月より6か月前の1990年9月と思われます。色褪せた分、スキャナー画像では分かりにくいのですが、ブルーブラックの万年筆の文字です。自分の父親(1994年死去)も生前よくブルーブラックの万年筆を使っていたので、先生からこの絵葉書を頂いたとき「父親から暑中見舞いの絵葉書が届いた」ような印象を受けました。リラックスして書かれたのではないかと思われる先生の筆跡が父親のものとよく似ています。先生が父親と重なってしまい、以来、先生には父親みたいな親しみを感じています。ちょく

〔 文面 〕 拝復 この夏は韓国へ出張したり、洋上研修で(北海道)多忙をきわめました。翠嵐のなつかしい人達の名前。うれしく思います。山田富夫の個展も見ました。一枚小品を求めました。来年は是非スペインに行こうと思っています。(4月中旬〜下旬) そのあとで同窓会をやって下さい。楽しみにしています。あと6か月は思う存分に働きたいと思っています。ますますのご活躍を期待しています。敬具

先生から頂いた寒中お見舞い(消印:1/9) 】 毎年、先生宛てに年賀状を出している。先生からも毎年、年賀状の返信を頂いていたが、今年は「寒中お見舞い」(画像左)だったので、体調があまり思わしくないのではと案じられた。こちらも年賀状ではなく「寒中お見舞い」にすべきだったと後悔している。前後するが、12月の神奈川新聞(2016.12.15付)に先生の写真入りで「落花生」の記事が載った。切り抜いて「情報 [3] 」のページに掲載した。文面に「暮の『落花生の記事』ありがとう」と書いてあり、先生が情報のページをご覧になって下さったことがわかる。欣喜雀躍(きんきじゃくやく)というかとても嬉しかった。結びの言葉は、春になってからでも調子が良ければ先生から「ご連絡」いただけるかもしれない、先生がみんなに会いたがっているのではないかと思われる様子が読み取れます。「丹沢の素晴らしい風景!!」にも触れて下さり、ハイキング中、試行錯誤しながら撮影(画像右)した苦労が報われたような気がします。2017.6.12
クリックすると拡大します クリックすると拡大します 〔 戦後新教育・実践資料集4巻 / 未来航路U・昭和音楽大学 〕 2013.10.1
 神奈川新聞に二見先生の記事が掲載されました(2013.9.30付)。大見出し「戦後新教育 息吹伝え」、小見出し「全4巻を編集復刻」がつき、戦後教育史の中の「福沢プラン」という実践活動についての資料集の記事です。「県教育史」編纂のため、二見先生ご自身も福沢プラン関係者への聞き取り調査を行った由。未来航路Uについては、小見出し「音楽力を社会に還元」がついて、記者と先生のQ&A方式のインタビュー記事です。先生の推薦書、オペラの話、昭和音大が目指す針路のことなどが話題になっています。
 記事の段組ごとのスライドショーで読んで下さい(手動切り替え操作をお願いします)。
  スライドショーへリンクします

クリックすると拡大します  〔 『 神奈川県 教育史 ( 戦後編 ) 』 編纂の企画委員長に就任 〕
 二見先生が『県教育史』・戦後編を編纂する企画委員長に就任されたという記事が神奈川新聞に掲載されました。大見出しは「32年ぶり編纂に着手」となっています。中見出しは「『県教育史』激動の戦後編」、小見出しは「県教委 12年で6巻」となっています。
 4段組みの記事を、各段ごとのファイルにしました。下記リンクをクリックすると、スライドショーが起動します。いったん「停止」ボタンをクリックし、スライドを止めて手動操作で読んでください。
 《 2012.1.12 付「 神奈川新聞 」 より 》 2012.1.12
  神奈川新聞の記事・スライドショー

クリックすると拡大します  【 未来航路 2011.12.5 】 〔 神奈川新聞に掲載された先生の記事 ( ) 〕
 2011.12.5 付けの神奈川新聞(9面 教育−『未来航路』)に二見先生の記事が載りました。見出しは「昭和音楽大学・二見 修次学長 〜 音楽で“生きる力”を 〜」となっています。左の新聞記事の画像をクリックして拡大画面でご覧ください。PDFファイルが開きます。

 12月5日 の12:00頃 大久保正美氏より、PDF画像と先生の記事掲載のお知らせ速報メールが届きました。連絡ありがとうございます。 2011.12.5
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